小さい頃には父の膝の上で育ったぼくは、小学校にはあまり行かず、父と一緒に寺院めぐりをしていた。ある日、父と行った寺院で仁王門の仁王像を見たとき、大きく見開いた眼に圧倒された体験がこころの核となった。
この体験は、ぼくのものを見る視点を変えてしまった。高校生になって、新聞部に入って、紀行文を書いても、みんなとは違った視点が独創的で面白いと言われるようになった。大学生になり、ぼくは父の影響でフランス語を勉強するようになったが、そのフランス語の教師が、ぼくの訳に対して、「視点を変えてご覧なさい」というので、ぼくは視点を変えるためにテキストをひらひらと振ってみたが、何も出て来なかった。ぼくは背後に仁王像の視線を感じながら農学部のビオトープに走った。ぼくはビオトープの池に顔を浸けて、友だちのアカハライモリを探したが、なかなか見つけることができず、そのうち気を失ってしまった。
気がつくと、ぼくは神山先生が勤務する病院に入院していた。その病院にも小さなビオトープがあり、いつもビオトープで遊んでいる中学生の太郎と友だちになった。太郎は不登校の少年であるが、博学な少年で、ぼくより「物知り」であった。この病棟に、フライトアテンダントを母に持つ高校生のポーレット・真理が入院して来ることによって、事件が起こるのである。